『学習』

ふと、自分が興味あることについて
「『学習』に関して興味あるな」と思った
ブログ・新聞・雑誌などを読んでいても、よく自分の目が留まるテーマは
義務教育・高校教育・大学(院)教育の在り方、学習方法、脳の学習プロセス、などなど
大学院で機械学習をやるから、だから目に留まるという可能性も高いんだけど…


forsightの記事に、シンガポールの初等〜高等教育の実態の記事があった
シンガポールは教育に関して非常に熱心で、国の教育の対する予算額は、国防に次いで第2位
親も子供が良い成績を取るために、塾&家庭教師に加え、より良い環境を求めて引っ越しすることも厭わない家庭もあるようだ
その甲斐あって小学生の算数・理科・国語(?)の統一テスト世界ランクは1,2位である



一方問題点もたくさんある
優秀な人材を育成する一方で、その優秀な人材は国外へ流れてしまう
奨学金の代わりに数年国内に留まる義務を課してもあまり意味はないようだ
そして、小さい頃からの過剰な競争により、いじめが増加しているという
また家庭科・体育・音楽の授業は、結局進学に意味を持たないため生徒のやる気が極端に低い
他には「英語」の義務化で母国語の軽視とか…
そういう問題もあって、最近では「ゆとり教育」構想を掲げているようだが、今の知的水準を維持しながらの「ゆとり」が実現するか?というかんじで締めくくられている



*追記

感想は簡単
まぁ国の違いがあるので、シンガポールの教育に関して良し悪しは分からない
ただ思うことは、どんなに勉強させても、教科の得意不得意、先天的な能力差というものは存在するわけで、こういう競争をさせることで成績が良くない人は、こういう環境ではいじめの対象になったり思い悩むこともあるだろう
現に記事には、自殺率の増加も問題点としてあげられていた

そういう子どもたちの精神的フォローもしっかりと充実させてあげることが大切に思う
アドバイスとして

「君はこの分野は苦手でも、この分野は得意なのだからこの分野には自信を持って、より成績を上げれること目指しなさい!」得意分野の努力集積と向上

「前回の成績も上がっているのは勉強した成果じゃないか!君は確実に成長しているよ!」相対評価ではなく絶対評価による向上の認識

なんかがいいんじゃないかと思う
適当に思いついたことでもあるのですが…